随筆・方丈古賀

壱〜参

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壱 − 祝阪神優勝 −

時を遡ること二年前。おそらくは自分が生きているうちに次は訪れることが無いだろうと思われた、阪神リーグ優勝の瞬間。まさか、わずか二年のブランクで再び歓喜の時に酔いしれることができるとは思いもしませんでした。

二年前の優勝からその前の優勝には―――十八年の空白がありました。そして、そのもう一つ前の優勝―――二十一年の空白。1964年なんて、自分が存在すらしなかった時代です。今まではとてつもない間隔があった、優勝と優勝の間。だからこそ、この2年って、すごく短いように思えます。

二年前と比べて、(大騒ぎではありますが)少し落ち着いた感がある、阪神優勝の余波。しかし、その分、今度は日本シリーズ制覇だ、という目標を監督も、選手も、ファンも見据えているんだと思います。正直、二年前はリーグ制覇に満足しすぎていたのでは、と(自分含め)思えます。しかも、ペナントレースの序盤からブッチギリで飛ばしまくって、終盤はやや失速気味に、お釣りで得た優勝だったのかもしれません。もちろん、二年前にはそんなことこれっぽちも思っていませんでした。永きに渡る暗黒時代、Aクラスでお祭り騒ぎ。坪井の打率3割で大騒ぎ。

日本一なんて何それ、って時代でしたから。

日本シリーズで終始ダイエー(現ソフトバンク)に押され気味だったのも、どこかしらリーグ優勝で満足してしまった、という空気があったのでしょう。リーグ中の勢いを持ってすれば、もっと互角にやり合えていたのでは…かどうかは分かりませんが、もう少しやれたのではと思います。どちらにしろ、今になって改めて分析、って話ですけれど。

ここで今年の阪神の軌跡を辿ってみると、2年前の流れとはまるで違います。最初は中日におされ気味のだったのが交流戦で中日が失速、それを尻目にちゃっかり首位に。暫くは勢いがあったものの、途中、中日の猛追を受け、縮まるゲーム差。正直、

もうダメだと思っていました。今年もまたオレ流の優勝かよ、くそう!

と叫ぶことになるだろなと思っていました。

事実、今になっても、今年の阪神が最初からブッチギリの強さを持っていたとは思いませんし、中日優勝のチャンスだってあったと思います。流れが阪神に傾いたと思われるのは、9月7日のナゴヤドームでの試合。

審判の判定ミスで岡田監督が猛抗議に出た試合です。

判定こそ覆らなかったですが、あれは選手を奮起させる起爆剤となったのではないでしょうか。そして、審判の判定にも影響を与え、延長戦に入った後、微妙な判定は阪神にやや有利に働いた気がします。もちろん、奮起だけしても試合には勝てません。久保田が必死に相手の攻撃を抑え、判定の犠牲となった中村豊の、意地の一発。中日との差が詰まり、首位の当落線上にいた阪神にとって、大きな1勝となりました。すぐにではありませんが、このあたりで両チームの流れが少しずつ変わってきたのではないでしょうか。

それまでは、

6点差を平気でひっくり返されたり、本拠地甲子園で13対0で負けたり

と、弱い面も見せていたも阪神タイガースが、先に述べた試合あたりから変化を見せ、マジック点灯の頃にはまさに磐石、打線も打線で赤星が出て、鳥谷がつなぎ、金本がタイムリー、今岡で走者一掃、そのあとさらに矢野、藤本と

カエラは点取り放題!

的状態(多少無茶なネタでした)。このとき、今年の阪神はまさに「チームとして完成した」のだと思います。日本一を目指すなら、こういう流れで挑むことこそが大事なのかもしれません。幸い、マスコミの加熱ぶりも2年前ほどではありません。今年こそ、最大のチャンスだと思います。

もう、リーグ優勝だけじゃ満足しませんよっ

と言ってみたいですが、「満足しません」なわけはないので、今はひとまず

いぇ〜い、優勝ひゃっほぅ、フォー!




…はかなさとは程遠い、「方丈古賀」第一章でした。



P.S.今や抑え三本柱「JFK」のトリを務める久保田ですが、二年前半ほど前に、1対1の緊迫した巨人戦で九回の表に出てきて「なんや、久保田って誰やねん?」と知らないオッサンがわめいていたのを覚えています。そのとき、(案の定)仁志にスリーランを浴びて敗戦投手になったのも覚えています。その頃から持っていた、何かしらの脆さは今も変わらないような気がしますが(現に優勝決定の試合でも、9回表に3安打を許し、暴投で1点献上)、ターニングポイントとなった中日戦で結果として相手の攻撃を抑えたのもまた久保田の持ち味。日本シリーズでは磐石の投球で相手を抑えていただくと、より嬉しいなぁ…(笑)

(二〇〇五年十月一日 記)

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弐 − コカコーラ −

Kogaという名前を持つ自分は、「コカコーラ」と聞いてすぐに「コガコーラ」というフレーズを思い浮かべる。あだ名にでもなりそうだが、周りから「コガコーラ」と呼ばれた記憶はそれほど無い。

「コーラ」と「甲羅」って、発音が似ている、というか同じ気がする。さっきの「コガコーラ」と合わせると「コガ甲羅」である。自分は甲羅を背負って生きているのか。それならば、危険が迫ったらすぐに隠れることができるから便利だ。テコでも出てこない。

冬になったら、現に甲羅を背負ってしまう。コタツだ。寒いのは非常に苦手なので、コタツから出てこなくなる。そのうち眠ってしまう。たまに起きてみかんを食べながら、年末年始特番に没頭する。そういや昨年、2004年は「ドラクエVIII」に夢中でした。プレステ2をしばらく動かしていないことに気づいたのでまた何かゲーム始めようかな。

ゲームと言えば、そうだ、あのゲームにも「甲羅」が出てきた。「スーパーマリオブラザーズ」だ。先日、発売20周年を迎えた。時の経つのは早いものだ。20周年と言えば、20歳。もう大人ではないか。酒やタバコもOKじゃないか。そんな自分はタバコは興味本位で何度か吸った、いや、「吸おうとした」ことがあるけれど、不味い。1本も消費できず、もったいないみたいなこと言われたけど、そんなの自分には分からない。いっそのこと「たばこ税」を価格の1000%くらいにできないだろうか。そうしたら1箱20本で3000円くらいになりそうだ。

タバコと比べたら、炭酸飲料の方がいくらか健康的だ。表現が間違っている気もするが、許して欲しい。だからといって、私は炭酸系の飲料をあまり飲まない。だから、「コカコーラ」を積極的に買うこともない。しかし、ノドが非常に乾いているときにはガブガブとコカコーラが飲めてしまう。いえ、自分にとっては「コガコーラ」なのか。

ところで、コカコーラの製法って、原液と何かを混ぜるんでしたよね?原液の作り方って、トップシークレットとかいう話ですよね。コカコーラの上層部のケチ。



さわやかになる、ひととき。ノーリーズン、コカコーラ。このキャッチフレーズ、もう古いですか…。

(二〇〇五年十月十日 記)

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参 − ペーパードライバーの運転 −

21歳で免許を取ったものの、運転することは殆ど無し。いわゆる「ペーパードライバー」状態のまま相当な年月が過ぎました。教習所で働いている叔父が家に来たときに、「乗ってみようか」と言われて何度か運転したり、という機会はありました。でも、そのとき運転するだけで、後になっても運転することは無し。ただでさえ運転の才能の無い自分、能力は下がっていくばかり。「久々の運転」を失態を続け、運転に自信を失くす一方です。

私生活だけに影響があるならペーパードライバーのままでもやっていけるかもしれません。しかし、自分はよりによってクルマに関係する会社に勤めている身。じゃあなんでペーパードライバーのくせにそんな会社選んだんだよとツッコミが入りそうですが、当初はその会社の「クルマ以外の部分」に興味を惹かれていて、その「クルマ以外の部分」で会社に貢献しようと思っていました。クルマに「関係する」だけであって、クルマ「そのもの」を造ってる会社では無いため、運転する必要は無いかな…と思っていたのですが、とんでもない。「クルマに関係する会社」なのですから、当たり前と言えば当たり前です。

そんな自分も先日、「ちょっと運転してみるか?」と言われて、ハンドルを握る機会がありました。行動に移しきれないだけで、クルマを運転したいとはそれなりに思っています。だから、久々の運転に少しワクワクしていました。

全然ダメでした。

サイドミラーの動かし方が分からなかったり、出発時にハンドブレーキ下ろし忘れていたり、切り返しのときにバックレンジに入れるのも一苦労。周りから車が来ても見落として指摘される始末。車体間隔も全く分からなくて、自分がクルマを運転しているのではなく、車に使われている感じがしました。会社の構内での運転だったため、それほどのスピードも出していなかったため、事故を起こすことなく乗り切りました。ていうか、会社の構内で、特に他の会社のクルマにぶつけたりしたら洒落になりません。

今回、自分の運転能力の無さを露呈したので、当分車を運転する類の仕事は与えられないと思います。やはり「練習する必要があるね」と言われ、反省しきりです。ただ、想像以上のひどい運転にも関わらず「お前運転に向いてないわ」という言われ方をしなかったのは救いでした。

クルマを運転するのにはセンスと才能だ、といわれるともう右にも左にも動けなくなりますが、それでもクルマを運転できる人間になりたいとは思います。プログラム業務でしか会社に貢献できていない(いや、プログラムでも貢献して無い)現状を少しでも打破するために、クルマの購入を考えようと思っています。1年前、いや2年前くらいから少し言っていた気もしますが、その辺は置いといて(笑)。自分のクルマがあれば、運転しようとする気になるかな…という気がしますので。




しかし、ここでまた重大な問題があります。運転能力やクルマの値段、車庫の場所が無いといった問題では無く…。ある意味、爆弾発言かもしれません。その問題については、後の段で書きますので、ほどほどに楽しみにしてください。

(二〇〇五年十月二十九日 記)

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